日本公認会計士協会(JICPA)は、リモートワークに対応した監査上の留意事項として、「リモート棚卸立会の留意事項」(リモートワーク対応第2号)を公表しました。今回は、この概要について、ご説明させて頂きたいと思います。
1.リモート棚卸立会とは
財務諸表の作成にあたって、企業は少なくとも年に一度は棚卸資産の実地棚卸を行うことが想定されています。これに対して、監査人は実務的に不可能でない限り、棚卸資産の実在性と状態を確かめるために実地棚卸の立会(棚卸立会)を実施することが要求されています。
しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策の影響から、監査人が実地棚卸の現場に出向くことができず、棚卸立会を実施することが実務的に不可能な状況が想定されます。
その場合には、被監査会社が実地棚卸を実施して、その実地状況及び実地棚卸の立会に必要な情報を監査人と被監査会社との間で送受信することによって、遠隔地から棚卸立会を実施することが検討されます。これがリモート棚卸立会です。
2.リモート棚卸立会の実施方法
リモート棚卸立会は、具体的に以下の方法によって、実施されます。
・電話回線またはインターネットを経由して、被監査会社が実施する実地棚卸の状況をビデオカメラにより撮影して監査人に実況を送信する(実地棚卸の場所や対象資産の状況によっては、スマートフォンを活用することで十分な実況が可能となる場合も考えられる)
・監査人は、被監査会社から受信した実地棚卸の状況または棚卸資産の数量及び状態の実況に関して、被監査会社とのコミュニケーションを適時に行い、疑問を解消し、是正の要否に関する協議及び必要に応じて再確認を行う
3.リモート棚卸立会の対象先の選定に係る留意事項
先にも述べたように、監査人は、実務的に不可能でない限り、棚卸資産の実在性と状態を確かめるために実地棚卸の立会(棚卸立会)を実施することが要求されています。このため、監査人にとって単に不都合であること、監査手続に伴う困難さ、時間や費用の問題は、基本的には実地棚卸を省略する十分な理由とならないことに留意が必要です。
一方で、例外的な事情により、棚卸立会の実施が不可能な場合には、監査人は以下の対応を取らなければならないとされています。
① 第三者が棚卸資産を保管・管理している場合
・当該第三者に対して、棚卸資産の数量及び状態に関して確認を行う
・当該第三者の信頼性及び客観性に疑義が生じた場合は、棚卸資産所在地の監査チームのメンバーまたは他の監査人が棚卸立会を実施することを検討する
② 第三者が棚卸資産を保管・管理していない場合(自社で管理している場合等)
・リモート棚卸立会及びその他の代替的な監査手続を行う
・リモート棚卸立会も不可能な場合はそれ以外の代替的な監査手続を行う
・リモート棚卸立会以外の代替的な監査手続を実施しても、十分かつ適切な監査証拠が入手できない場合は、監査範囲の制約に関する限定意見を表明するか監査意見を表明しない
※代替的な監査手続については「4.リモート棚卸立会の実施に係る留意事項」を参照
また、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を踏まえ、それぞれの事業所における棚卸資産が財務諸表において重要かどうかを改めて評価し、棚卸立会の必要性そのものを検討することとされています。なお、棚卸立会を不要と判断した場合でも、重要な虚偽表示リスクの程度を勘案し、他の監査手続を実施することとされています。
4.リモート棚卸立会の実施に係る留意事項
監査人は、リモート棚卸立会を実施するかどうかについて、十分な情報を得た上で合理的な判断を行わなければならないとされています。
一般に、原本により提供された監査証拠は、デジタル化等により電子的媒体に変換された文書によって提供された監査証拠よりも証明力が強いとされています。このため、リモート棚卸立会を実施する場合は、直接的な棚卸立会を実施する場合とは監査証拠の証明力が異なること及びデジタル化に伴う監査リスクが生じることを勘案し、棚卸資産に関する重要な虚偽表示リスクを許容可能な水準まで抑えることができると判断した根拠を監査調書に記録することとされています。
リモート棚卸立会を実施する際の主な留意事項
・過去の往査経験を勘案し、適切な監査チームのメンバーを配置し、監査人の要請に対応してくれる被監査会社のスタッフを現地において起用可能かどうかを検討する
・実況映像の入手にあたっては、情報の真正性が担保されていることについて検討する(例えば、棚卸を始める前に対象場所を隈なく映し出してもらい全体のレイアウトを確認したり、撮影してもらいたい箇所を監査人から撮影者に依頼することが考えられる)
・事前にロケーション図や対象在庫リストなどを入手して在庫の保管場所を確認する(映像に映っていない在庫がないかどうかの観点)
・スマートフォンを利用している場合は、その位置情報を利用して、映像の送信場所が対象事業所であることを確かめる
・棚卸立会の際に通常実施する手続は省略できない(テストカウント、実地棚卸記録の写しの入手、実地棚卸に関する指示と手続の評価、入出庫に係るカットオフ情報の写しの入手など)
その他の監査手続を実施する場合の留意事項
・リモート棚卸立会以外のその他の監査手続を組み合わせて実施することを綱領する(例えば、実地棚卸日または期末日以前に購入した特定の棚卸資産品目について、当該日後に販売されたことを示す記録や文書を閲覧する)
・被監査会社の棚卸資産の継続記録の信頼性が適切に確保されていることを確かめる
・リモート棚卸立会で確認した映像等が過年度に経験したものと同等の内容かどうかを確かめる
・可能であれば、監査報告書日までにリモート棚卸立会の対象となった保管場所に往査し、確認した映像等との矛盾がないか、実際に現地で確認する
・内部監査人が実地棚卸に立ち会った場合には、内部監査人の作業結果の閲覧や棚卸の実施状況についての聴取を行う
一部の地域で緊急事態宣言が発令されており、今後の決算においても、いわゆるリモート監査が継続されることが予想されます。棚卸立会については、可能な限り現地で実施されることが望ましいと考えられますが、やむを得ない事情でリモート棚卸立会となる場合は、上記の点に留意して頂き、円滑に業務が進むようご協力を宜しくお願い致します。
あすかコンサルティング株式会社
【会計コンサルティング担当】津田 佳典
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