企業会計審議会は、2020年11月11日に「監査基準の改訂に関する意見書」等を公表しました。今回の改訂では「その他の記載内容に関する監査人の対応の新設」と「リスク・アプローチの強化」という2つのポイントがありますが、それぞれの内容について、まとめてみたいと思います。
1.その他の記載内容に関する監査人の対応の新設(改訂監査基準 八)
その他の記載内容とは、有価証券報告書等の開示書類における財務諸表と監査報告書以外の情報の部分のことを指します。
その他の記載内容は、監査人の監査対象(監査範囲)には含まれていないのですが、この記載内容に財務諸表や監査人が監査の過程で得た知識(情報等)と重要な相違(矛盾)があった場合、財務諸表の重要な虚偽表示やその他の記載内容の重要な誤りが存在し、結果として、財務諸表そのものやそれに添付されている監査報告書の信頼性が損なわれる可能性があると考えられます。
現行の監査基準においても、監査人はその他の記載内容を通読し、監査した財務諸表との重要な相違点がないかどうかを確かめることが求められていましたが、その他の記載内容に対する監査人の役割や実施すべき手続を明確にすることや、一定の場合においては監査報告書において情報提供を求めることが今回の監査基準での改訂のポイントとなっています。
<改訂のポイント>
①監査人は、その他の記載内容について意見を表明するものではなく、保証業務としてのいかなる結論も表明しないことは変更がない。
②(現行基準)監査した財務諸表とその他の記載内容の重要な相違を検討する。
→(改訂基準)監査した財務諸表だけでなく、監査人が監査の過程で得た知識との間の相違についても検討しなければならない。
③(現行基準)その他の記載事項について明らかな誤り(重要なもの)に気が付いた際には追加的な手続を行うことが求められる。
→(改訂基準)財務諸表や監査人が監査の過程で得た知識に関連しないその他の記載内容についても、重要な誤りがあると思われる兆候に注意を払うことが求められる。
④(現行基準)財務諸表とその他の記載内容との間に、未修正の重要な相違がある場合は監査報告書の「その他の事項」区分にその相違の内容について記載する。
→(改訂基準)監査報告書に、原則として見出しを付けた独立した区分を設け、その他の記載内容に関する報告を行う。その他の記載内容に関する経営者、監査役等及び監査人の責任、また、監査人の作業の結果等も記載される。
この改訂については、原則として2022年3月期決算に係る財務諸表の監査から実施されることとなっています。
2.リスク・アプローチの強化
監査におけるリスク・アプローチについては、これまでも何度となく改訂が行われ、よりリスクの高い領域に監査資源を十分に配分することによって、重要な虚偽表示を見逃さない対応が求められてきました。
しかし、公認会計士・監査審査会(CPAOB)の検査においてリスク・アプローチの実施状況に関する指摘が継続してなされていることや会計基準の改訂等により会計上の見積りが複雑化する傾向があることを踏まえ、リスク・アプローチをより強化する改訂がなされています。
<改訂のポイント>
①財務諸表項目レベルでの重要な虚偽表示リスクの評価(改訂監査基準 二4)
(現行基準)固有リスク(財務諸表項目そのものが有するリスク)と統制リスク(会社の内部統制によって虚偽表示が見逃されるリスク)の組み合わせによって、(暫定的に評価した)重要な虚偽表示リスクを評価する。
→(改定基準)固有リスクと統制リスクは分けて評価しなければならず、固有リスクについては、重要な虚偽表示がもたらされる要因を勘案し、虚偽表示が生じる可能性と虚偽表示が生じた場合の影響を組み合わせて評価する。
②特別な検討を要するリスクの定義(改訂監査基準 二5)
(現行基準)会計上の見積りや収益認識等の判断に関して財務諸表に重要な虚偽表示をもたらす可能性のある事項、不正な疑いのある取引、特異な取引等を特別な検討を必要とするリスクとする。
→(改訂基準)虚偽表示が生じる可能性と虚偽表示が生じた場合の金額的及び質的影響の両方を考慮して、固有リスクが最も高い領域に存在すると評価した場合に、これを特別な検討を必要とするリスクとする(①を踏まえて判断することになると考えられます)。
③会計上の見積りの監査(改訂監査基準 三5)
会計上の見積りの合理性を判断するにあたって、経営者が行った見積りの方法を評価することが求められていますが、この見積りの方法には見積りの手法・見積りに関する重要な仮定・見積りに用いられたデータが含まれることが明示され、それぞれの内容について評価する手続を実施することが求められるようになります。
内容的に現行基準を大きく変えるものではないように思われますが、特別な検討を要するリスクの定義や会計上の見積りの監査の手法については、現行基準で多少曖昧になっていた部分を明確にし、監査人による解釈や判断のバラつきをなくすという意図があるように感じます。
この改訂については、原則として2023年3月期決算に係る財務諸表の監査から実施されることとなっています。
日本公認会計士協会においても、今回の監査基準の改訂を踏まえた会長声明がリリースされ、改訂のポイントをまとめた資料も公表されていますので、参考になるかと思います。
あすかコンサルティング株式会社
【会計コンサルティング担当】津田 佳典
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