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Others2024.08.07 「経営者保証に関するガイドライン」~残存資産の範囲~

 

1.はじめに


 

「経営者保証に関するガイドライン(以下、「ガイドライン」とします)」を利用した有事における対応について、前回のブログで解説しました。

 

前回のブログはこちら↓

「経営者保証に関するガイドライン」~保証債務の整理~

 

有事においての経営者責任は、経営者の交代は求められない場合であっても下記の方法等により責任を明確化することになっています。

・保証債務の全部又は一部の履行

・役員報酬の減額

・株主権の全部又は一部の放棄

・代表者からの退任

 

前回のブログで保証債務を履行基準について解説しました。

本ブログでは経営者の手元に残す事ができる残存資産の範囲について解説します。

 

なお、本ブログでも前回同様、本来のガイドラインの表記から「主たる債権者」を「会社」、「保証人」を「経営者」、「対象債権者」を「金融機関等」と表記して説明します。

 

 

2.残存資産の考え方


 

自己破産をした場合、持っている財産の中で手元に残す事が出来る財産を自由財産と言います。

 

破産手続における自由財産(破産法第34条第3項及び第4項その他法令により破産財団に属しないとされる財産)としては、99万円以下の現金生活に必要不可欠な財産(生活に欠くことができない衣服や食料等、業務に欠くことが出来ない器具等、私的年金や給料等)を言います。

自己破産をした場合の自由財産は、このガイドライン上の残存資産にも含まれます。

 

ガイドラインを利用した場合には、上記の自由財産に加え、「一定期間の生活費相当の現預金」や「華美でない自宅」等を残存資産に加えることを経営者が申し出ることにより、金融機関等がその範囲について検討することになり、この資産をインセンティブ資産といいます。

インセンティブ資産については、一からその範囲を検討するのではなく、それぞれ後述の目安が基準とされています。

なお、個別の事情を勘案し目安を超える資産をインセンティブ資産とすることも差し支えないとされています。ただし、インセンティブ資産は回収見込額の増加額(下記例参照)が上限です。

 

【例】

a)会社及び経営者が破産手続きを行ったときの債権者への配当額・・・3,000万円(破産の場合)

b)会社の借入金及び保証債務の弁済計画に基づく回収見込額・・・7,000万円(再生の場合)

回収見込額の増加額 7,000万円-3,000万円=4,000万円(→インセンティブ資産上限額)

 

 

3.「一定期間の生計費に相当する現預金」について


 

「一定期間」については雇用保険の給付期間の考え方等を参考にします。

下記表より、いずれの年齢においても最低期間は90日であり、一番算定期間が長いのが45歳以上60歳未満の330日(11ヵ月)であることが分かります。

 

 

(厚生労働省職業安定局 ハローワークインターネットサービスHP_「基本手当の所定給付日数」より引用)

https://www.hellowork.mhlw.go.jp/insurance/insurance_benefitdays.html

  

 

また、「生計費」については、1月当たりの標準的な世帯の必要生計費として民事執行法施行令で定められている33万円を参考にします。

 

つまり、33万円×11ヵ月=363万円が一定期間の生計費相当の上限額の目安といえます。

上記2の内容と合わせると99万円+363万円=462万円が現預金として残せる残存資産上限額の目安です。

更に経営者の経営資質、信頼性、窮境に陥った原因における帰責性等を勘案し、個別案件毎に金額の増減が検討されます。

 

 

 

4.「華美でない自宅」について


 

経営者にとって自宅を残す事ができるかどうかというのは生活基盤に直結することであり非常に重要な要素です。

3の一定期間の生計費に相当する現預金に加え、自宅が店舗を兼ねており資産の分離が困難な場合等、安定した事業継続等のために必要となる「華美でない自宅」については回収見込額の増加額を上限としてインセンティブ資産に含められる事が検討されます。

また、上記に該当しない場合でも、経営者の申出を踏まえつつ、「華美でない自宅」を換価・処分する代わりの方法が検討されます。

 

(1)オーバーローンの住宅ローンがある場合

自宅の早期処分価格よりも住宅ローンの方が多い(オーバーローン)、つまりその価値よりも借入額の方が大きい場合には「華美でない自宅」の検討をするまでもなく住宅ローンを継続して自宅に住み続ける事が通例であり、自宅を残しやすい例とされています。

 

(2)アンダーローンや無担保の場合

自宅の早期処分価格よりも住宅ローンの方が少ない(アンダーローン)場合や無担保の場合には、周辺相場・築年数・同居者の人数・扶養家族や要介護者の有無等を勘案して個別具体的な事案毎に判断されます。

最終的には、事業再生への協力の度合いや再生した場合の経済的合理性の程度の多寡等を金融機関等が判断して決定されます。

 

「華美でない自宅」については、明確な金額基準やチェック項目が設けられているものではなく、その範囲は広く認められているとも言えます。

いわゆる時価が回収見込額の増加額の範囲内であるかどうかが一つの目安になり、自宅の価値を上回る弁済をすることが条件となります。

 

仮に、自宅をインセンティブ資産に含めることが出来ない場合には、自宅の価値相当額を支払うことで自宅を残す公正価額弁済(弁済原資となる資産を処分・換価する代わりに、処分価額等の当該資産の公正な価額に相当する価額を弁済して財産を残すこと)という方法を検討します。

例えば自宅の処分価格が1,500万円と算定された場合、その自宅の処分ではなく1,500万円を一括弁済、若しくは弁済計画(5年)に基づく分割弁済を検討することになります。

 

 

5.「その他の資産」について


 

「一定期間の生計費に相当する現預金」や「華美でない自宅」のほか、インセンティブ資産に加えるその他の資産を検討する場合があります。

資産としては次のものが考えられます。

・生命保険等の解約返戻金

・敷金

・保証金

・電話加入権

・自家用車等

 

破産手続における自由財産の考え方(本来自由財産ではないものの、通常生活に必要なもの等を自由財産として認める)やその他の個別事情を考慮して、回収見込額の増加額を上限として検討が行われます。

個別具体的な事案の例は以下の通りです。

 

○経営者が高齢である

○就学中の子どもがいる

○経営者や経営者の親族が介護を必要とする状態である

○今後、治療費や入院費用の負担が予定されている

○会社が窮境に至ったことにおける経営者の帰責性が高くない

○金融機関等の弁済原資の増大に貢献した

 

 

6.まとめ


 

経営者が債務保証を履行する場合の残存資産について、大枠は掴めたでしょうか。

残存資産としては、「一定期間の生計費に相当する現預金」→「華美でない自宅」→「その他の資産」の順にハードルが高くなるとされています。

上述した中に、回収見込額の増加額を上限として範囲が決められるという説明が複数回ありましたが、これは仮に経営者が手元に財産を残したとしても金融機関等にとって経済合理性があるといえる上限額を指しているものであり、この枠までの財産が全て手元に残す事ができるという意味ではありません

過去の事例を見ても、経営者・会社の個別事情や金融機関等の判断により残存資産の範囲は様々です。

明確な線引きがないからこそ、インセンティブ資産については経営者が必要性を金融機関等に説明し納得感を得ることが大切です。誠実な情報の開示と説明、そして根気強く協議を重ねる事が大切であると考えます。

 

あすか税理士法人

【スタッフ】中村麻侑子