海外移住を検討されている企業経営者の方や、会社からの辞令で海外子会社に出向することになった方々、出国前に保有する有価証券について、実際に売却していないのに時価売却したものとみなして所得税が課税される可能性があることをご存じでしょうか。
「国外転出時課税」と呼ばれる課税制度ですが、『知らなかった』と伺うことが多々ございますので、今日は別名「出国税」と言われる国外転出時課税制度について、その基礎的な内容を確認したいと思います。
なお、次回のBlogで更に突っ込んだ内容を確認する予定ですのでご期待下さい。
詳しくは後ほど検討しますが、まずは概要を確認しましょう。
国外転出時課税には大きく分けて二つのパターンがあります。
(1)国外転出をする場合の譲渡所得等の特例(所得税)
平成27年7月1日以後に国外転出(移住や海外出向)する日本居住者が、1億円以上の有価証券、未決済信用取引又は未決済デリバティブ取引(以下「対象資産」と言います)を所有等している場合、国外転出の時に、これらの資産を譲渡等したものとみなしてその譲渡益相当額に所得税が課税される制度です。
(2)贈与等により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例(贈与税・相続税)
贈与時に1億円以上の対象資産を所有している居住者が、非居住者へ対象資産の全部又は一部を贈与した場合、その贈与時に贈与者が当該資産を譲渡したものとみなして、その譲渡益相当額に対して所得税が課税される制度です。
なお、上記「贈与」が「相続」であっても同様の税制があります。
(1)対象者
下記対象資産の合計金額が1億円以上となる者のうち、国外転出前10年以内において国内に5年超居住していた方が対象です。
・有価証券の時価
・未決済信用取引を決済したものとみなして算出した利益・損失額
・未決済デリバティブ取引を決済したものとみなして算出した利益・損失額
1億円以上判定のタイミングですが、納税管理人を選定し出国後に確定申告される方は出国時、それ以外(出国前に確定申告される方)は海外転出予定日から起算して3ヶ月前の日となります。
また含み益がある有価証券だけでは無く、含み損がある有価証券の時価も合算して1億円判定を行う点に注意が必要です。
(2)課税方法
「時価-取得価額」部分に対して所得税課税がなされます。
「時価」は、上場株式であれば金融商品取引所の公表する最終価格、非上場株式であれば1株あたりの純資産価額等を参酌して通常取引されると認められる価額(所得税法上の時価)を指します。
「時価」については次回のBlogで詳しく内容を確認したいと思います。
なお、国外転出が前提のため住民税の納税義務が確定する1月1日には日本に住所を有さないことになり、住民税は課税されません。
実際に譲渡していないのに時価課税されるのは大変厳しい措置ですが、やむを得ない海外出国等もありますので、次の通り納税猶予制度があります。
(3)納税猶予
国外転出時までに「納税管理人の届出書」を提出した方は、国外転出時課税により納税が生じる部分について、国外転出日から5年を経過する日まで納税が猶予されます。
猶予期間中、毎年「継続適用届出書」を提出しないと猶予税額が確定してしまう(納税が必要となる)ので注意が必要です。
また猶予期間5年間は所定の手続きをすれば更に5年間延長することもできます。
(4)出国後の譲渡等
納税猶予期間中に対象資産を譲渡とするとどうなるのでしょうか?
譲渡等の日から4ヶ月を経過する日に納税猶予期限が確定し、その期限までに譲渡等した対象資産に応じて、納税が猶予されていた所得税及び利子税(利息です)を納税する必要があります。
原則、実際に譲渡した金額に修正しないのがポイントで、出国時に猶予された税額がそのまま確定して終わる点がポイントです。
ただし、出国時より実際譲渡額が低い場合は、実際譲渡額に修正することが出来ます。それは次の「減額措置等」にて説明致します。
(5)減額措置等
国外転出時に受けた出国税について減免されるケースや、納税猶予された税額が減免されるケースがあるので、その内容について確認します。
①納税猶予の適用が条件となっていない減額措置等
以下に該当する場合は、国外転出時課税の適用が無かったものとして国外転出年の所得税計算を再計算することが出来ます。その場合は、下記事由が生じた日から4ヶ月以内に更正の請求をする必要があります。
・帰国した場合
・対象資産を居住者に贈与した場合
・国外転出時課税申告者が亡くなり、国外転出時に有していた対象資産を相続又は遺贈により取得した相続人等がの全員が居住者となった場合
②納税猶予の適用が必要な減額措置等
納税猶予の適用を受けていることを前提に下記の減額措置がありますが、いずれも4ヶ月以内の更正の請求は必要となります。
・譲渡、決済等した際の譲渡価額が国外転出時時価よりも下落しているとき
→実際の譲渡価額で国外転出時に譲渡があったものとみなして、所得税等を再計算
・納税猶予期間満了日の適用資産の価額が国外転出時よりも下落しているとき
→猶予期間満了日の価額で国外転出時に譲渡があったものとみなして、所得税等を再計算
・譲渡、決済等したときに国外転出先の国の外国所得税と二重課税になるとき
→外国税額控除適用可能
(1)非居住者へ対象財産を贈与した場合(贈与)
贈与時点で1億円以上の対象資産(上記1,(1)と同様)を所有している一定の居住者が、非居住者へ対象資産の全部又は一部を贈与した場合に、その贈与時に贈与対象資産の譲渡があったものとみなして、その贈与者に対して譲渡益相当額に対して譲渡所得課税を行う制度です。
納税義務者は贈与者、かかる税金は所得税です。住民税については贈与者が居住者であることが想定されますが、住民税の課税対象から国外転出時課税対象所得が除かれているので、結果として住民税の課税はありません。
1億円判定は贈与した株式だけでは無く、贈与者がその時点で保有する対象資産の合計額で判断する必要があります。
なお、贈与を受けた方は基本的に贈与税の課税対象となります。贈与者が所得税を支払い、受贈者は贈与税を支払うので税負担が大きいですが、受贈者が当該対象資産を譲渡する際の取得価額は、贈与時の価額を利用する点は実務上注意が必要です。
贈与による国外転出時課税(所得税)の適用においても、納税猶予制度や減額措置等(外国税額控除を除く)の適用はあります。
(2)非居住者が相続又は遺贈により対象資産を取得した場合(相続)
相続開始時点で1億円以上の対象資産(上記1,(1)と同様)を所有している一定の居住者が亡くなり、非居住者である相続人等が対象資産の全部又は一部を取得した場合に、その相続開始時に相続対象資産の譲渡があったものとみなして、その被相続人に対して含み益の譲渡所得課税を行う制度です。被相続人は亡くなっておられるので、準確定申告を行うことになります。もちろん、住民税は課税されません。
また、準確定申告で確定納付する所得税は債務控除可能で、相続税と所得税の二重課税は排除されますが、納税猶予規定の適用を受ける場合は債務控除出来ない点は留意が必要です。
相続による国外転出時課税(所得税)の適用においても、納税猶予制度や減額措置等(外国税額控除を除く)の適用はあります。
いかがでしょうか。
改めて振り返ると、結構複雑ですよね。
次回は「時価の算出方法は?」「外貨建資産の換算は?」など国外転出時課税について更に深く掘り下げたいと思います。
あすか税理士法人
【国際税務担当】高田和俊
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